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加西-山崎-戸倉峠-若桜-八頭町船岡-赤波渓谷 130km

2005年10月30日(Sun)
安富町の酒屋 友人の出勤時間に合わせ4時台の起床。暗い時間に走り出した。県道23号を西へ。加西市を出る頃には明るくなる。さほどきつくないが、峠を越えて町、また峠で町という道なので、ママチャリには辛い道だ。安富町の中心部は古い町並みが残っており良い感じ。宍粟郡で唯一合併をせず残った町だけはある。
 安富の街を抜けるとR29に合流し、交通量が一気に増す。山崎の道の駅で休憩。昔は細い道で木造の家が密集していた場所なのにすっかり変わっている。ここからは川沿いの登りがずっと続く。一宮までは、たいした登りではなく、登りの準備運動といったところ。
伊和神社 播磨國一宮である伊和神社は杉林に囲まれとても静かで雰囲気の良い神社。国道に面した道の駅では人が多く、休憩もできなかったが、境内ではのんびり。
 一宮の街で弁当購入。5時前に朝食はとったが、すでに4時間が経過し、腹が減っていたのだ。小さな公園でこの日2度目の朝食。

 一宮を過ぎるといよいよ山間といった感じになって、木々も少し紅葉している。交通量も減って走り易いが、傾斜はきつくなった。波賀町の中心で休みたかったが、ここで休むとせっかく暖まった足が冷え、その先で登り切れなくなるそう思って、がんばり続けているところで、パトカーが抜かしていった。止められるのはいつも日本海側なので、安心していたが、なんと一番きついところでパトカーが停まっていた。ガックリ。まただ。これで今日は板井原まで着くのは無理だろう。何のために道の駅を無視してがんばったのか・・・。
 予想通り自転車を止められ職務質問。運動している人間を急に止めたらどうなるのかくらい考えろ! バカたれが! 例によって説教をしたが、明らかなるウソまでつかれ、頭に来たので名前を聞きサイトに書くといって別れた。
 *バカ警官には説教を!を一応アップしましたが、ウソつき話はアップを控えます。

行き止まり 忘れ得ない嫌なこともあったが、なんとか走行を続け、引原ダムに到着。ダム湖沿いには平地が続くのでしばらくは休憩。案内板を見るとダム湖の逆側にも車道がある。交通量の多い国道を避け、裏道を選んだ。期待通り、車は皆無でハイカーがいるだけ。紅葉が湖に映え気分が盛り上がっていたのに、なんといきなり通行止めの柵が。通れないなら分岐に書け、分岐に!
 柵の前で紅葉狩りの宴をひらいていたおばさんたちが、今日は日曜だから工事の人もいないし行けると教えてくれたので、柵を突破した。しかし、自転車でも3、4キロのバックが嫌だったのに、ハイカーたちはどうするんだろう? 通行止めの看板って昔は分岐にあったのに何故最近はないのだろうか。他人を思いやる気持ちがあればこんなことにはならないはずなのに・・・。
 国道に出る前に弁当を食べるのに絶好の休憩用建物のある公園があり、ちょうど昼になったが、非常食の菓子しかない。バカ警官にムカついて昼食の用意を忘れここまで走ってしまった。菓子で腹を紛らわせ気分一新。最後の登りに取りかかる。スキー場が並ぶ地帯を走り、以外にあっけなく峠に到着。一年間ママチャリで何度も出かけたおかげで、足の力が戻ってきている気がする。

若桜町のカリヤ トンネルを越えると鳥取県、紅葉は兵庫側に比べ若干進んでいる気がする。若桜街道の宿場町若桜に到着。ひさしがついた軒下を伝いに歩けば傘が要らなかったといわれるカリヤ通りは豪雪地帯ならではのものだが、今では残っている場所が少なく、カリヤの下をずっと歩くということはできない。続いていると思っていたのでちょっと期待はずれ。白壁の土蔵は美しかった。
 菓子の食べすぎで食欲がなく、昼食はパスし、途中のコンビニで夕食用の弁当と朝食用のパンを購入。若桜を過ぎてもなだらかの下りなので、足は快調だ。スピードを出し走っていたが、途中で昔は大庄屋だったと思われる豪邸を発見、延々と壁が続くほど大きなお屋敷である。地名は安井宿、やはり宿場町だったのだろう。豪邸以外にも土蔵がある伝統家屋が並んでいた。街外れには茅葺民家、ただし、もう無人でまさに朽ちていく途中であった。

 八頭町でR29からR482に入る。八東川の対岸を走る道だが、こちら側にも古い民家の残る集落が多い。JAは全国どこも贅沢な建物が目立つが、古い小学校のような木造JAがあり印象的だった。
 峠を越え、県道40号への分岐に看板がなく、うーん。まあ廃村に続く道など看板は出さないのか。赤波の集落で人がいたので道を確かめると、板井原は遠いぞとすごく心配してくれた。すでに日がくれ、明るいのもあと半時間という頃だから、まあこれは当然。しかし、途中でテントを張る予定の私としては何の心配もないのである。
 赤波を過ぎれば集落はない。しかし、昔の家にある山奥の畑に通勤している人が多いようで、軽トラックが意外に多く、中々テントを張れる場所がない。しかし、県道からそれたあとはテントを張れそうな場所が多くなり、真っ暗になる前にと良い場所を見つけ露営。テント設営中に雨が降り出したが、ほとんど濡れずにテントに逃げ込む。
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